「若冲さん」 39 20211129
「こちとら余生を送る隠居の身。日々することもないのでな。
こんなときの捨て駒にでもなれたら本望だ」
若冲の繰り出す手が奏功し、錦市場営業禁止の沙汰は取り下げられた。
奮闘ぶりをユウが称えると、鴨川べりの寓居に座した若冲は謙遜しきり。
そしてこう付け加えた。
「そもそも、農村から奉行所へ嘆願させよと知恵を授けてくれたのは誰だ?
農家出のユウ、お前さんだったろう。
おまけに出身地・壬生の有力者まで紹介してくれたな。
父上母上へ改めてよろしく伝えてくれ」
そう、近隣有力農村から圧力をかける方策は、たしかにユウの発案だった。
「いえいえ、心よりお仕えする身として、当然のことをしたまで。
大典禅師が京都五山を代表して訴え状を書かれたのも、若冲様を慕えばこそ。
あなたのためなら何なりと動こう、そう思う人間がいるということですよ」
それにしても、ずいぶんな変わりようで……。
ユウはぷっくりとした頬を押し上げ、両眼を下弦の月形にして愉快な気分で思った。
かつての若冲は「できれば、したくないんだが……」が口癖だった。
周りと没交渉で、こんな才気走る方だとはわたし以外の誰も気づかずにきた。
それが今般の錦市場存続の危機に際しては、かくも躍動し実行力を見せた。
なぜだろう。本当に隠居の手遊びというに過ぎなかったのか。