「若冲さん」 46 20211206
他に錦通りには、魚介類を若狭から仕入れて売る店もある。
その店先に立ったときは若冲、すぐさまユウに長紙の地図を広げさせた。
おもむろに筆を執り、色とりどりの貝が躍る《貝甲図》を略画で記した。
ああこれはぴったり、おあつらえ向きですね!
ユウはつい口にしたが、すでに踵を返し歩き出した若冲の耳には届かない。
漢方薬の店前では若冲もさすがに立ち止まり、腕組みをして思案した。
動植綵絵三十幅はさまざまな画題を扱うが、漢方にまつわる絵柄はなかった。
いったいどうするだろうと、ユウは傍らで若冲の様子をじっと窺う。
しばしのち前触れなく腕組みは解かれ、若冲は長紙を開くようユウを促す。
描き込まれた略図は、池のほとりに甲虫の類が群れている様子だった。
《池辺群虫図》である。この虫が漢方の材になるかは知れぬが、意図はわかる。
かようにして、錦通りの地図上三十箇所に略画が描き込まれた。
この計画のまま、通りのあちらこちらに動植綵絵が看板として掲げられたら……。
通りは一挙にぱっと華やかになる! とユウは夢想した。
浮かれるユウを尻目に、現実的な算段を弛まず進めんとする若冲が言う。
ではこの足で相国寺へ参るぞ。大典禅師と、談判せねばならぬ。
あの三十幅、返していただけませぬか、とな。