「若冲さん」 21 20211111
ご主人様は、ずいぶん顔付きが変わられた……。
青物問屋「桝源」の奥の間に篭っていた時期、ずっと若冲に仕えていたのはユウだった。川べりの寓居に移ったあとも、身の回りの世話はユウが店から通いですることとなった。
世話といっても、若冲はとんと手がかからず楽なものだ。食事は朝晩の二回。時間はいつでもいいし、口に入れば味などどうでもいい。
掃除をするにしても簡素で小さい家ゆえすぐ終わる。若冲自身はいつも室の中央に絵道具を広げ、そこから一歩も動きやしないので、彼の周りだけは朝夕の道具を出し入れするタイミングにさっと塵を掃いて済ます。
今日もいつもと同じく若冲は、室の真ん中で顔料や筆を広げ、ピンと張った絹布の上へ何やらこまごま色をのせていた。
まだ正午を過ぎたばかりだが、陽が落ちかかるころまで若冲はきっとこのままである。ろくに姿勢も変えやしない、よくそれで身体が固まり切ってしまわぬものだ。
とりたてて差し迫った仕事もなく手持ち無沙汰なユウは、そんなことを考えながら室の隅からぼんやり若冲の姿を眺めていた。
それにしても顔付きが……。以前に比べて、頑なさがすっと消え去った感ありだ。何の屈託もないというか。
まあ、こちらのほうがよい。とユウは思った。
絵の中身のほうも、こちらへ越してきてからのほうが、ずっと伸びやかになった。ユウの素人目でもすぐわかるほどの変化だ。
ただ、描いているものは変わっていない。なぜそんなつまらぬものをまあこれほど熱心に、とユウは大いに訝った。
いまだ若冲は、引っ越す以前と変わらず、鶏を描いているのだ。
ただし、数は増えたのだけど。
かつては一枚の紙や布につき一羽ずつ描いていたのが、いま彼の前に用意されているのはずいぶん大きな布で、そこにすでに二羽の鶏の姿がある。
若冲は筆をジリジリと動かし、三羽目のトサカにとりかかるところであった。