「若冲さん」 50 20211210
若冲作品をほうぼうに掲げた効果は、まずもって市場の住人たちのあいだに見られた。
こっちにこんな画が。あっちの店先はそんな画か。
どうせ客もいないならと引っ込んでいた者たちが店から出て、見物に勤しんだ。
往来に人の行き来と話の輪が戻るきっかけとなった。
若冲の画を囲んで生じた小さい輪は、ささやかな活気を生んだ。
生き生きした場所にこそ人は惹きつけられる。買いものや仕入れの場ならなおさらだ。
若冲画は、錦市場に多少の客を戻す呼び水にはなったのだった。
引き換えに犠牲となったのは、若冲の画そのものである。
陽にさらされ、風雨を浴び、店先の水ものに浸された画は意想外なほどすぐ傷んだ。
汚れたり破れたり絵柄が薄れた画は話頭に上ることも減り、看板の役目を果たさなくなった。
そうして人知れずひとつ、またひとつと外されていくまでに、半年もかからなかった。
錦通りが往年の活気を取り戻すには、それから幾年もかかることとなる。
若冲画は、復活へのほんのきっかけをつくった程度。そのために画自体は朽ち果ててしまった。
朽ちて戻ってきた画を見て、ユウは悔し涙をこぼした。では若冲は? 恬淡としたものである。
商人として当主として失格だったわたしが、三十幅もの納得いく画を描けた。
我が生のうちで「ひとつごとを為す」ことができたのだ。これを僥倖と言わずして何と呼ぼうか。
おまえがそうして涙を落とすほど執着してくれる何事かを為せたのだ。思い残すことなどないぞ。
若冲はユウに向け、いつにも増して静かで穏やかな口調でそう言って聞かせた。
若冲はそのあとすぐ鴨川沿いの寓居を引き払い、京の南の石峯寺の門前へと居を移した。
すぐさま始めたのは、赦しを得て寺の裏山に五百羅漢を彫り、並べていくことだった。
今日も朝から若冲はその仕事に出たきりである。
五百体つくるまで止めぬ覚悟だろうから、これは命が尽きるまで続くんだろう。
若冲に付き従い、相変わらず身辺の世話をしているユウは思った。ただし……。
今度は石彫だから、そう簡単に朽ち果てずに済むな。居を掃きながら、ユウはひとり微笑んだ。
「了」