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「若冲さん」 6    20211027

 ユウの憤慨をよそに、四代目自身はよくいえば悠々自適、悪くとれば無気力な引き篭もりを続けた。

 時折り朝晩の食事をするとき愁いを湛えた目つきをするが、それが家の者たちから軽んじられているのを嘆いてのものか、それともほかの因があるのか、ユウには判別できなかった。

 今日もまた陽が上るとともに朝食を済ました四代目は、障子越しに外気を見やって、
「いい日和だな」
 とつぶやき、いそいそと鶏小屋の扉を開けに庭へ出た。
 とっくに目覚め、四代目の到来を待ち侘びていた鶏たちの興奮が、狭い庭じゅうに伝播して急に辺りが活気づく。

 開け放たれた戸から庭へ出た鶏たちは、まるで初めて訪れる土地へ来たかのように右へ左へ忙しなく首を振りながら、ほうぼう隈なく探索を始める。実際は毎日を過ごしている狭い空間でしかないのに。
 鶏小屋の戸を閉めた四代目は、駆け回る鶏たちの中心に立ってその姿を目で追いかけた。

 鶏を放したばかりの頃合いには、幼児を遊ばし姿を見守る親のような満足げな色が、彼の眼には宿っていた。けれど刻々と時が経つにつれ、視線に宿る温もりは消えていく。そうして、鶏たちが狭い庭の探索をひと通りし終えて多少の落ち着きを取り戻すあたりになると、彼は一切の表情をなくしてしまう。外から感情を読み取ることなどまったく叶わぬ、仮面のように真っ平らな顔になりながら、そのまま鶏を眺め続けるのだった。

 足が草臥れたり陽射しが強過ぎれば縁側へと避難して、またずっと庭の鶏を見る。ただただ虚心に光景を見つめている姿は、輪郭こそ人の姿を保っているけれど、つねに何かを感じたり考えたりしている通常の人とは似て非なるものとなっている。
 まるで全身が、外界を写すことだけに特化した、ただのふたつのまん丸い眼玉にでもなったかのよう。お茶を運ぼうと背後から四代目に近寄ったユウは、彼の容態にそんな印象を覚えた。

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