「若冲さん」 7 20211028
今日もユウは雑事をこなす合間に、縁側から庭の鶏を眺めやっている四代目の背中を、ちらちらと見た。
胡座に頬杖を突き背を丸めた四代目は、いつ眼を向けても身じろぎひとつしない。居眠り中かと見えるが、とんでもない。前方へ回れってみれば、だらしない姿勢に似合わず眼頭にはちゃんと力が入っており、眼球はチラチラよく動き、視覚が活発に働いていると知れる。
眼だけあまりに生き生きしているから、ユウには四代目の首から上が、ただの一個の眼になってしまったかのように感じられた。
だって同じ部屋にいたとて当主様は無駄口をきくわけでもなし、「ちょっとそこ、おどきになっていただけますか」と声をかけてもなかなか聴いちゃもらえない。鶏を追える眼力さえあれば、あとはどうでもいいと思っていそうだ。いっそ眼以外のものは捨ててしまいたいくらいに思っているのでは?
眼だけオバケだな、当主様は。
ユウはそう思った。あの方はただの眼なんだ。だけど、それはなんていう眼でしょう。あの眼にはきっと庭や鶏の様子が、わたしなんかが見るのとまるで違って見えているに違いない。
いまユウはお茶を淹れて、四代目のもとへ運ぼうとしているところ。背後から近づき、そっと「お茶です」と声をかけようと、彼の様子を伺ってみた。と、振り向いた彼の顔は全面がひとつの眼だった。鼻も口も耳もどこかへ追いやられ、文字通り「眼だけオバケ」になっていた。
と、たまにそんな夢想をしながらユウは、日々の務めをまめまめしくこなしていった。仕え始めた当初は年端もいかず、顔かたちにまだ残っていた幼さも、徐々に消えていった。
眼だけの存在になったまま他に何もしない四代目が、唐突に異なる動きを見せたときはすでに、ユウがここへ来てから実に三年の月日が経っていた。