「若冲さん」 16 20211106
はたして大典顕常が予想した通り、その日の午後に四代目は相国寺へとやって来た。
四代目が起居する錦通りの大店・桝源からここまでは、すたすた進めば徒歩で三十分もかからぬゆえ、頻々と通うに負担はない。とはいえ皆が生業に勤しむ昼日中から、やましさの欠片も見せずのうのうと訪問してくるとはいかがなものか。世間体などまったく気にせぬこの豪胆さ、悟った者のごとしだなと大典は思った。
しかもこの御仁の場合、仏道の会得に熱心だから通っているわけでもない。中国伝来の絵画が見たいというだけなのだからタチが悪い。
まあそもそも寺へ来ずとも、今日だって陽が上ってこれまでの時間、どのみち家業も顧みず描画に明け暮れていたのだろう。いまさらどうこ言っても詮はない。
右手の甲の小指側にべっとり紅色の顔料をつけたまま姿を見せた四代目に、
「来たなこの道楽三昧め」
大典は会うなり忌憚なく言葉をぶつけた。
が、四代目のほうは「はて?」という顔で受け流す。
自覚ない者には敵わん、と大典は思った。同時に、悪気も皆無だから憎めぬのよな、とも。
この男はいつもただ眼の前のものに夢中になっているだけだ。この真っ直ぐさはたしかに希少であるな。
ひょっとしてこういうのが、案外ものになるのかも知れん。なのだが、仏の道を説き儒者の生き方を広めるべき我が身としては、こんな外れ者の背中を押していいものやら……。
恬淡とした顔で向かいに座った道楽旦那の顔を、しげしげ眺めながら大典はそんなことを考えた。