「若冲さん」 38 20211128
事ここに至って、奉行所はかなり追い込まれてしまった。
京の台所を根っこで支える近隣有力農村と、帝も将軍も跪かせる権威の塊・仏教界。
双方から直に要望が舞い込むなど、そうそうない。知らず大事になってしまっている。
かなり面倒なところに手を突っ込んだ状態……。そう言わざるを得ない。
そもそも閉鎖させた錦市場には、何の落ち度も違反もない。
錦を目の敵とする五条市場の金銭攻勢を奉行所が受け入れ、錦が嵌められただけで。
ハナから筋の通らぬ話ではあるのだ。
この期に及んで奉行所は、腰を上げるしかなかった。
これ以上大事にならぬうち、何もなかったようにさっさと矛を鞘に収めねば。
賄賂の芳香に酔わされ幕府の利を損なったとなれば、必ず咎を受けてしまう。
恥や外聞、体面などはこの際あと回しだとの判断である。
そうして年明けから半年のうちに、錦市場閉鎖の措置はめでたく解かれたのだった。
なんと若冲の打った手が、奏功するかたちとなった。
かつては役立たずの青物問屋当主、現在は実家からも逐われた隠居の若冲なのに。
これではまるで、地域の名君ではないか。